鳥取境港❝縁❞

水木しげるロードの近くに、境港初の簡易宿泊施設(ゲストハウス形態の宿)をオープン!
https://guesthouse-en.jimdo.com/
ドミトリーは女性専用で、ゲストハウス初心者でも安心できる健全さを重視。子ども連れのご家族も歓迎です!
「旅を愛し、旅を知り、旅を学び、旅を語り合う空間」がコンセプト。偶然に集う旅人同士の❝縁❞を大切に「楽しいことやってます!」
米子や大山、松江、美保関などへの起点としても生かせる「妖怪と魚の町」を楽しんでください!

私が新聞社を辞めた理由

私は地方の新聞社に12年勤めました。
1社目で10年半、転職後の2社目で1年半。もともとマスコミ関係の職種を希望していてのことですが、今は、新聞社で働こうとは全く思いません。


就職したのは1995年。細かな不満はありましたが、好きでやっている気持ちが優っていて、辞めたいとは思いませんでした。


やめようと思ったきっかけは、2003年のある出来事でした。
それは「三重県知事選挙」です。

この選挙は、現職が勇退し、新人が4人立候補しました。
この時、私が勤めていた新聞社は、ある特定の候補者を応援したのです。その候補者は国政経験者で、当時は市長を務めており、その職を放棄しての立候補でした。その人物は市長として明確なビジョンもなく、要領よく媚びて立ち回るタイプだったので、私は全く評価していませんでした。そんな人物が、国政で駄目だったから市長になり、市長よりも“おいしい”知事の座が空いたから転身。そんな姿勢を見て、ますます嫌いになりました。
しかし、会社としては、地方紙の宿命とでもいうべきか、その人物が「最も地域に近い人物」のため、はっきりと応援する姿勢を示したのです。


私が勤めていた新聞社は、どちらかと言えば地域に密着するほうではなく、行政批判や問題提議的な記事も載せる姿勢がありました。しかしこの選挙では、そうではありませんでした。
景気が低迷して営業面にも力を入れ出し、地域密着型に変化しつつある時期でもありましたが、新聞というものは「平等」「公平」であるべきだと思っているので、選挙で特定の候補者を応援するのは、納得ができませんでした。
私は、気持ちが入らないのにこの選挙にかかわりたくなかったので、一切外してもらうように頼みました(選挙に人員は必要ですが、当然、ほかの取材紙面もあるので)。
そして当然「ほかの候補者に投票」しました。


しかし、選挙の取材にかかわった面々(ほとんどの社員)は、当たり前のように一体感を示し、この候補者を応援していました。
凄く違和感を覚えました。
それが「愛社精神」なのかもしれませんが、疑問を抱かずにはいられませんでした。


結局、その候補者が当選。
初めて「辞めよう」と思いました。


さらにそのころから、エリア内での「市町村合併」が持ち上がってきました。
私は「歴史的・伝統的地名の保存」から「市町村合併」には反対の姿勢だったのですが、会社は「購読エリアを増やせる」という理由から「賛成」を表明。2005年当初にいくつかの合併が成立しました。


2005年で勤続10年ということもあり、これで気持ちが固まりました。
結局2006年3月に退職。その後、和歌山県の地方紙に1年半勤めたのですが、こちらは典型的な「地域密着型」で、「スポンサーの記事は大きく目立つように載せる」など、記事の価値観よりも“付き合い”が優先される社風が合わず、あっさり辞めました(#^.^#)


マスコミというものは、「平等性」「公平性」の下、「真実を報道するもの」だと思っています。
言い換えれば「報道されたことが真実になる」のです。


ただ実際、特に転職した和歌山県の新聞社では、まさに「真実を報道」することなく、読者に「報道したことが真実だと思わせる」感じでした。「地域密着」だからこそ「書かない(書けない)ことで友好関係を保つ」、そんな風潮がありました。


2000年ごろを境に、記者発表が主になったりインターネット環境の普及で「新聞の在り方」自体が変化してきたのもありますが、大手紙なども徐々に「どの新聞を読んでも同じ」ようになり、“攻撃的な”スクープもなくなったのも、報道への魅力を感じられなくなりました。


報道は、行政などの“お抱え機関”ではありません。
「マスコミの役割」は、やはり「真実を伝える」ものなのです。
その風潮が薄れている今、“闘えないマスコミ”に身を置きたいとは思いません。


山陰の地方紙も、完全なる「報道したことが真実だと思わせる」新聞でしかありません。
私の宿へも取材依頼があったのですが、求めてきた取材内容は「新聞社の自己満足」でしかなく、私が載せてほしいと願う「真実への想い」ではありませんでしたので、結局は決裂しました。
その後も「検証しない記事を載せ続ける姿勢」に、何度も対立しています。


今、観光関係の仕事に就いていて、マスコミによる弊害に苦しめられています。
観光産業は「細く、永く」が基本なのですが、ブームを煽り、そしてすぐに見向きもしなくなるマスコミが、本来の町の魅力が薄れていく要因をつくっているのです。
伊勢にいた時も「ご遷宮」のブームで多くの取材が来た結果、「単にブームに乗っただけの、中身の薄い観光客」が増えてしまいました。今の境港も同じ状態です。さらに境港が問題なのは、そんなマスコミを利用して「表向き」だけの体裁を繕っていること。地域内ではもう「化けの皮が剝がれかけている」のですが、テレビや新聞を見た対外的な一般の人には、うそ偽りを見抜くことはできません。


マスコミには「本来の役割」に対する気概を示してほしい、嫌悪感を覚えつつも、そう願っていますが・・・。
この業界が好きで身を置いていただけに、気概を示してくれる記者が現れない限り、マスコミ不信は解消されそうにありません・・・。

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